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2007年 12月 31日
2007年 02月 07日
-暇があったらネタがない ネタがあったら暇がない
-ほらほら、ネタが出てきたぞ しかし必ず「エロ」なのか -反応あっても「エロ」記事だけ -動ナビだけは、やめてくれ((動ナビにリンクされてアクセスカウンターがめちゃめちゃになって戸惑った時に思ったこと)) -私のブログをそこから外せ! ((お下劣なアダルトサイト達に混じっている自分のブログを見たとき)) # by freekoi | 2007-02-07 23:06
2007年 02月 02日
うーん。。。はてなダイアリーって、記事の下書き機能がないのが不便だナァ。「ちょっとした更新」でもpingが送信されないだけで、ブログには出るわけだし。
あと、これは他のサービスでもそうなんだろうけれど、一度出ちゃうとrssとかアンテナには記事の一部がちょっと残るんだよね。。。そっちも消えて欲しいなぁと思うんだけど、それは無理だし。こちらから操作が出来ないのがなんとなく気持ち悪い感じがする。 # by freekoi | 2007-02-02 23:06
2007年 01月 28日
プライベートモードにして約10日。
結構不便なところも出てきた・・・。 自分のブクマを見ようと思っても、ログインしないと見れないんだよね。当たり前ですが。 なので、気まぐれでプライベートにしたりパブリックにしたり、行ったり来たりしようっと。 # by freekoi | 2007-01-28 23:05
2007年 01月 25日
どー見たって、これ↓ はおかしいやろ。
http://lislog.livedoor.com/r/1574/?p=2 (2007年1月25日現在の11位あたり) しかも11位て。( -_-) ちゅーとはんぱやなぁ~。どうせやったら一位になりたい。なりたくないけど。 ちなみに一位はこれ→http://lislog.livedoor.com/r/1574 今日の日記を非モテロヒットリスト関係の人達がお読みになったとしたら、「うーん。やっぱこのピックアップは間違っていたなぁ」と気付いて、数日中には私のブログが入ってないはずだと思いますが。 ・・・逆に煽ってしまった感があったりなかったりあったりなかったりあったりあったり。でも、まあ、せっかくなので記念に書いてみた。 # by freekoi | 2007-01-25 23:05
2007年 01月 22日
私が「エロ」を取り入れ、あえて男性向けに書いているのにはある魂胆があって、でもそれをバラすとおもしろくなくなるのでここでは書かない。それは書かないけれども、「ともこさんにボクの勃起の写真を見てもらいたい」とか「一度ベッドでお相手してもらいたい」メールが来ることは覚悟のうえで、それらが来たところで目に写ると同時に即消去するから全く問題ないし、別になんの感情もわかない。それより、私が意図して勃起させ射精させ、他の記事も熟読され、よく考え、感想を持ち、ついでにアフェリなんかをクリックしてくれれば「どうもありがとうございます」。
私の魂胆は別のところにあり、それが遂行されていれば(まだまだだけど)、オナニーでもなんでも、別に脳内で私を抱いたところで、妊娠しない、性病にかからない、不倫にならない、コンドーム減らない、ヒリヒリしない、シーツ汚れない、フェラであごは疲れない、まずい精液は飲まなくて良い、代わりに私はこちらでコーヒーを飲んでいる。 (全部は書かない) # by freekoi | 2007-01-22 23:03
2007年 01月 19日
たった一日だけど、プライベートモードにするといつもと感覚が違ってて、ちょっとおもしろかった。ヒッソリ感?という感じかな。SNSっぽい感覚。
「このエントリーのブックマークを編集する」でタイトルの変更をすると、プライベートモードでも「最後に変更した人」と出ることが分かった。 ちなみに→http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/kasoken/20070118%23p1 のタイトルをちょっといじりました(1/19 17時 その後に他の方が変更されている可能性あり)。 あと、ブクマコメントで何かを言いたくなっても、書いたところで他の人に見てもらうことはできないわけだから、ちょっとジレンマになりそうかも。 # by freekoi | 2007-01-19 23:02
2007年 01月 09日
「ともこが言ってることとか」では、コメント欄を設置している。もともと閲覧者も書き込む人も少ないうえに、初めから「レスをしない体制」をとってるせいか、そんなに負担に感じることがない。将来的に負担になるようであれば、閉じようと思っている。
メインサイトの「純愛人妻日記」でも、開設当初はコメント欄を開けていて、自由に書き込んでもらえるようにしていた。明らかに宣伝と思われる書き込みはすぐに削除をしていたが、その他のものには必ずレスをつけていた。 「純愛・・」で書き込まれていたコメントというのは、気軽に書ける雰囲気があるせいか、私があまり読みたいと思わないコメントも多く、レスしたくないと思うものでも、その人のコメントだけ無視するのはどうかと思って・・・というよりも好きな人にだけレスをして、キライな人を無視している様子が読者に分かるのがイヤだと思って、頑張ってレスをつけるようにしていたが、段々と負担に感じるようになった。 また、ブログのコメント欄というのは、記事に付随しているので、記事とは関係のないこと、例えば個人的な悩み相談(恋愛に関する相談が多かった)は書きにくいと思うし、こちらも返答しにくかった。 そこで「純愛・・」ではその後コメント欄を閉じ、コメント欄よりも気軽に書き込みにくい(と思われる)掲示板を別に設置し、書き込むときの敷居を上げてみることにした。 書き込まれるペースは以前に比べて落ちたが、敷居が高くなったせいか、書き込まれる内容の質は格段に上がり、こちらもレスのし甲斐が出てきて楽しくなってきた。また、「記事単位」で広がるブログのコメント欄とは違い、「スレ単位」で広がる掲示板は、初めに書き込んだ読者が主体になり、悩み相談なども私以外の人が意見を書き込みやすくなったり、意見交換の様子を見やすくなったように思う。 しかし、掲示板にも私があまり話したくない人も出入りするようになって、HNを誤魔化して同一人物による複数人物に成りすましての書き込みや、別のところで「掲示板荒し依頼」をしている人も出てきて、(こちらは掲示板をクリックした時間やIPアドレスが分かるので、別所で書かれた時間や文体と照らし合わせてみると誰がそういうことをしたかは、だいたい検討がついている)、そんな人の相手をすることに使うエネルギーや時間が勿体無いと思うようになった。そういうトラブルがあったときには、後々何かあったときの為に、出来る限り調べ、あるだけの記録を残しているが、そのような手間も面倒になったし、そんな人の世話をするエネルギーがあるのならば、記事を書くことに専念したいと思うようになった。 意見を書きたい人は、メールを書いたり、最近ではブログを持っている人も多いので記事にしてトラックバックを送ってもらうことができるし、「はてな」利用者であれば、はてなブックマークもある。私が一番嬉しい形は、自分のブログで記事にしてもらってトラックバックを送ってもらうことだ。自分の記事にするということは、それだけ手間や熱意が必要だと思うし、気軽に書かれたものより真剣に書いてもらったものの方がこちらも読むときの姿勢が変わる。 また、私がブログを書き始める前から目標にしているサイト、好きなサイトというのがいくつかあって、私のブログもそれらのサイト達の影響を少しずつ受けている。それらのサイト達は、ブログサービスを利用していない古参の人気テキストサイトが多く、元々記事に付随するコメント欄やトラックバックがないために別に掲示板を設置していたり、メールのみだったりする所が多いため、私自身もコメント欄を閉じることにはそんなに抵抗を感じていない。 コメント欄に関する決定的な判断基準は、「ブログの記事を書く上で、『有益』かどうか」の一点である。 # by freekoi | 2007-01-09 15:42
2007年 01月 04日
2006年は「純愛人妻日記」の他にもサイトを立ち上げたり、自分が今まで経験したことがないことも多く、戸惑いと驚き、不安と感動に左右されつつも、ブロガーとして躍動した一年であった。
この一年でブログを書くこと自体に随分と慣れてきたと思うので、今年はもう少し精神的に「安定」して書いていきたいと思う。 昨年の4月に「ともこが言ってることとか」でブログ論的なことを書くようになってから「はてな」の人達にも私のブログが読まれる機会が増えた。どうも、はてなダイアリーを利用してブログ論を書くと、「はてな」の人達に見つかる可能性が高いようだ。逆に、私もそれまでは「はてな」とは殆ど縁が無く、自分の記事がブクマをされるようになってから少し見るようになり、「はてな」独自の文化に戸惑った。 11月ごろ、約一ヶ月間、ブログ更新を休止していた。この時は自分のブログを「筆者」としてではなくて「読者」としての視点から眺めることができ、少し距離を置いて見ることができた。この時の距離感が、割りと心地良かった。休止前までは、一生懸命になりすぎていた部分があり、それがしんどい時もあったけれども、少し距離を置いてみると、私のブログっていうのは、思っていたよりずっと「くだらない存在」だと気付くことができた。私は、そんな「くだらない存在」のものに、心を傾け過ぎていた。 だから、今年はもっと「頑張らない」ようにする。 あ、そうそう、あと「はてな」には「非モテ」という集団があって、その人達にも見つかったようで、「モテ」の記事を書くとブクマされることが何回かあったが、どう書いたって歪曲して捉えられ、不穏な攻撃しかされないのもおもしろくないし(そうでもないのかもしれないけれども、そういう風に感じることもあったので正直に書いておくことにする)、「モテ」の話題も結構飽きてきたので、なるべく書かないようにしようと思う。 今考えているのは、福祉関係の記事を書きたいと思っている・・・というか、今までも何度か思っていたのだが、記事にするには表現にかなり気をつけなければいけないし、躊躇し続けていたのだが、少しずつ書ければと思っている。保育士の資格を持っていることだし、特に児童福祉の分野を記事にできればと考えている。 表現としては、以前「教師EXAの秘密の部屋」の江草先生からのメールで「知的な対象をふざけてるように書いている」というお言葉を頂いたことがあるが、難しい話題をできるだけ軽く読めるように書くことを目標にしている。ただこれは、言葉足らずで説明不足になることも多いし、一歩間違えれば「不謹慎」な表現になるが、そのスレスレまで「ふざける」ことができればと思っている。この辺りの表現力をもっとつけてみたいと思っている。 # by freekoi | 2007-01-04 15:40
2006年 10月 29日
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hirax.net inside out より一部抜粋 「食べたものを淡々と記録するよ」というWEBログがある。その名のとおり、毎日食べたものを、ただ淡々とデジカメ写真を使って記録(ログ)しているだけである。 >> 2006年10月7日、結婚しました。 以上を持ちまして記録を終わります。 << その「 食べたものを淡々と記録するよ 」が終わった。 << 「食べたものを淡々と記録するよ」のような素敵な終わり方に憧れる。私は「ブログの閉鎖=ブログの死」という感覚を持っていたが、このサイトの終わり方は、決してそうではない印象を持つ。今まで積み重ねられてきた日記の全ては、アルバムのようにこれからも残り、この先も閲覧する人々を楽しませてくれることだろう。即ち、更新が止まった「ブログの死」ではなく、更新の停止により「一つの作品」として大成されている。 このサイトは、「終わり」を明確に読者に示しているが、読者も分かりにくい、いつの間にか「終わり」になっているのであろうブログが沢山ある中、私のブログはどのような「終わり方」をしてみようか。 私が、尊敬、崇拝しているサイト達。 私にはとても大事な「人のサイト」がある。これらの「人のサイト」のログが全て消えてしまうことを考えると・・・考えたくないほどショックを受けそうだ。絶対に消えて欲しくない。 それでは、「私のブログ」は読んでくれている人にとってはどうなのだろうか。 多分、今の私の感じだと、閉鎖とは即ちログを全て消す時だと思っているが、もし、私があのサイト達のログが全部消えた時に受けるであろうショックのように、私のブログが全部消えた時にショックを受けたり悲しんでくれる人がいるのなら、ログは残しておく・・・かもしれない。分からない。自分自身の心のけじめをつけるために、それでも消すかもしれない。 いつ、どんなタイミングで閉鎖を決めるのかは、まだ分からない。出来ればログを残すにせよ、消去するにせよ、読者に明確に表示してから「終わり」たいと思っている。 # by freekoi | 2006-10-29 01:25
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